ちらっと見るだけのリスト
リストを確かめるには、リストを見る以上のことが必要になることがよくあります。
今日あと何が残っているのかを知りたくて、スマートフォンを手に取ります。画面が明るくなります。通知が待っていて、また一つ。リストにたどり着くころには、注意はもう別のところへ向かっています。リストを見ないまま、スマートフォンを置くこともあります。
リストはたった一歩先にありました。問題は、その一歩のほうでした。
見ることと、開くことは違う
ほんの一瞬で足りる問いがあります。「いま」には何がある? あといくつ残っている? 次にやることは、今でも最初に取りかかりたいことだろうか?
それに答えるために、アプリに入ったり、スクロールしたり、何かを決めたりする必要はないはずです。見ているものが小さいままなら、ひと目で十分です。
だから palilili は、私たちにほとんど何も求めない二つの場所にもいます。手首と、ホーム画面です。
手首の「いま」
ウォッチでは、palilili は「いま」と、ほんの少しのものだけを見せます。今日のために選んだタスクと、残りの数を示す小さな数字です。
タスクが終わったら、タップして「完了」にします。今日のものではなくなったら、「あとで」に移せます。歩いているときや料理をしているときに何か思いついたら、スマートフォンに手を伸ばさず、声で追加できます。
「あとで」と「完了」は、眺めるためにそこにあるわけではありません。設定もありません。ウォッチは、スマートフォンの小さな複製になろうとはしません。手がほかのことでふさがっているときに必要になりそうな部分だけを持っています。
ウォッチとスマートフォンは、同じリストを二つの間で保ちます。どちらにも、サインインするアカウントはありません。
ホーム画面の「いま」
ウィジェットはさらにシンプルです。一日に何度も目にするホーム画面に、「いま」を置きます。
見るために何かを開く必要はありません。リストは、ほかのものに混じって、冷蔵庫のメモのようにただそこにあります。リストが変われば、ウィジェットもそれに合わせて変わります。
連続記録を数えることも、今週どれだけ終えたかを見せることもありません。今日のために選んだものを、そのまま見せるだけです。
ひと目見て、もとの場所へ
ひと目見ることは、本来短いものです。見て、わかって、注意はもといた場所に戻ります。
この「戻ること」は、見ることと同じくらい大切です。たとえ善意からでも、私たちを画面にとどめ続けるリストは、少しずつ世話をしなければならないものになっていきます。ちらっと見るだけのリストは、リストがいるべき場所、つまり背景にとどまります。
たいていの場合、「いま」に対して何かをする必要はありません。ただ、まだそこにあるとわかっていれば十分です。