リストの下の小さな動き
「いま」にタスクを加えるたびに、画面の下にある太陽が低くなります。光の筋も短くなります。風景は、一日の終わりに近づく空を思わせるものになっていきます。
この小さな変化が、リストに積み重なる忙しさに形を与えます。やろうと思うことが増えるほど、目の前の余地も狭まっていくように見えます。タスクが減ると太陽はまた高くなり、風景が開けます。
palililiの三つの画面には、それぞれリストに寄り添う風景があります。「いま」には太陽、「あとで」には雲、「完了」には木々。それぞれが、タスクの置かれた場所に異なる意味を添えます。
「いま」の太陽
ときには、一日が受け止められる以上のことを、その一日に詰め込もうとします。小さな用事が次々に続きます。一つずつならできそうに見えても、集まると一日の大部分を占めてしまいます。
「いま」で低くなる太陽は、その忙しさを思い出させます。日が沈むころに残された時間がよりはっきり感じられるように、埋まっていくリストも、目の前にある余地に気づかせてくれます。
太陽の位置は時刻に連動していません。ただ、なじみのある感覚を借りています。一日はまだ終わっていない。それでも、すべてを入れる余地はもうないかもしれない、という感覚です。
一つのタスクを終えたり、「あとで」に回したりすると、「いま」が軽くなります。太陽が高くなります。今日のために取っておいた余地が、少し広がります。
「あとで」の雲
タスクを「あとで」に移すと、そのタスクは今日の中から離れます。いつ、どのような状況で取り組むのかは、まだすっかり決まっているわけではありません。
「あとで」にタスクが加わると、雲が現れます。待っているタスクが増えるほど空は雲に覆われ、風景の見通しも悪くなります。未来に残したタスクの不確かさが、画面の上に小さく表れます。
今日できなかったことをすべて先に送るのは簡単です。でも、そのときの自分にどれだけの時間と気力があるかを、今から正確に知ることはできません。雲は、その日がまだはっきり見えていないことを思い出させてくれるかもしれません。
本当に待つ必要のあるタスクもあります。「あとで」に置いておき、どんな一日に戻ってくるのかは、そのときになってから見てもかまいません。空を晴れたままにするために、今日すべてを終える必要はありません。
「完了」の木々
終えたタスクが「完了」に移ると、木々が育ち、数を増やし、風景が緑になっていきます。
注いだ力が、画面の下に小さな跡を残します。送ったメッセージ、済ませた買い物、ようやく片づいた用事。それらはもう、やり終えたことの中にあります。
木々が緑になる様子は、この終えたという感覚に寄り添います。それぞれのタスクがどれほど難しかったか、どれほど時間がかかったかを知ることはできません。それでも、何かを終えたあとの安堵に、目に見える形を与えてくれることがあります。
「いま」の太陽、「あとで」の雲、「完了」の木々は、一日の中で変わっていきます。リストが混み合うことも、未来が雲に覆われることも、終えたタスクが風景を緑にすることもあります。
どの画面も完璧な眺めに整える必要はありません。風景は、そのときリストにあるものに寄り添います。